リーマンショックの裏側で何が起きていたか

リーマンショックにおける三菱UFJ銀行の活躍劇

中尾茂夫氏は、三菱UFJ銀行についてこう書いています。「21世紀に入って同行が最も存在感を示したのは、2008年リーマンショックの際、経済危機に揺れる米モルガン・スタンレーに90億ドル(当時の為替相場で約9,000億円)を出資したときだった」と。当時は、米大手証券会社のリーマン・ブラザーズが倒産し、次に倒産するのはモルガン・スタンレーかと囁かれていました。ニューヨーク・タイムズの記者は、モルガン・スタンレーが倒れればゴールドマン・サックスも倒れる、その次にはGEも倒れるだろうという、モルガン・スタンレー内の声を伝えています。

実は、この危機を救ったのが、2008年10月13日、当時の三菱UFJ銀行がモルガン・スタンレー宛に振り出した小切手でした。「助かった。これで解決だ!」という歓声がウォール街の現場では上がったそうです。これにより危機を脱したモルガン・スタンレーの株価は上昇、新型コロナ禍を経てもその勢いは続き、2021年7月には、リーマンショック時の暴落や倒産危機に見舞われた2008年の5倍以上に跳ね上がりました。

POINT

三菱UFJ銀行が降り出した小切手が、リーマン・ブラザーズの次に倒産するといわれていたモルガン・スタンレーの窮地を救った

リーマンショック後の三菱UFJ銀行

一方、三菱UFJ銀行本体の経営はどうなったのでしょう。聞こえてくるのは、預金通帳のWeb通帳への切り替え促進や、他銀行とのATMの共同利用、実店舗削減など、経費削減の報道ばかりです。今や「メガバンクは構造不況業種」とも言われ、大学生の就職希望先としての人気も下降しています。

同社の株価はリーマンショック後に下落を続け、2011年の東日本大震災でさらに落ち込み、その後やや持ち直しはしましたが、2020年の新型コロナ禍で再下降しました。この三菱UFJとモルガン・スタンレー2社の、20年近くに及ぶ株価の対照的な動きについて、著者は「日本人として決して見過ごすことはできない」と書いています。

続けて著者は、日本株価が好調に推移したのは、「時価総額革命」という掛け声が躍った2004~2005年だったと振り返ります。しかし2006年には株価は急落、その後も株価は低迷を続けました。著者は、三菱UFJ銀行の一手はウォール街の窮地を救った一方で、その一手がどのように三菱UFJ銀行、さらには日本経済に影響を及ぼしたのかは解明されていないと、問題提起しています。

また、三菱UFJ銀行が2008年のモルガン・スタンレーへの巨額投資を決断した背景には日本政府の後押しがあったと著者は伝えています。当時のニューヨーク連銀総裁(後、財務長官)のティモシー・ガイトナーは退任後に、この小切手について「ハンク(当時の財務長官、ヘンリー・ポールソン)と私は、裏チャンネルの外交で日本政府にディールをまとめるよう頼んでいた」と告白しています。


POINT

モルガン・スタンレーの窮地を救った三菱UFJ銀行だが、その後モルガン・スタンレーとは明暗がわかれた

三菱UFJ銀行の巨額投資を後押しした裏チャンネルの存在

この経緯について、著者は『これだけのビッグ・ディールが、慎重居士の三菱UFJ銀行だけで決められるとは、とても考えられなかったが、その背後に、ガイトナーの言う、『裏チャンネル』があったと聞けば、納得がいく」と書いています。また、その動きについて報じた「毎日新聞」(2009年1月1日)の記事も紹介しています。

「米の政・官・民は、三菱UFJからの出資を、ダン(完了)させることで一致していた」(日本政府高官)。「結局はG対G(G=英語のガバメント、政府を指す)ですよ」(三菱UFJ幹部)。〔日本政府高官は〕「三菱のためじゃない。日本のためにやった。日本だからできた」。

同記事によれば、当時、米国は三菱UFJ銀行の在米現地法人に、マネーロンダリング(資金洗浄)の疑惑で業務改善命令を出していましたが、「米系金融機関に投資すれば、業務改善命令を解除する」と通告していたとのこと。その結果、2008年9月23日に「モルガン・スタンレーへの出資があるので、米当局が当行への処分を解除する」という情報が、米FRB(米連邦準備制度理事会)からもたらされたのです。

「慎重な姿勢で有名な三菱UFJ銀行も、そうした内外の政治的圧力のなかで、決断をせざるをえなかったとすれば、90億ドルという巨大出資の判断は、たとえ三菱UFJ銀行幹部が『モルガンには長年あこがれを抱いていた』(『毎日新聞』2009年1月1日)とはいえ、一銀行の意思を越えたものだっただろう、と著者は推測しています。

では結局この一手が最終的に、どのように三菱UFJ銀行、さらには日本経済に影響を及ぼしたのでしょうか。著者による推測を知りたい人は、ぜひ本書を手にとってみてください。


POINT

三菱UFJ銀行による巨額投資の裏には日本政府の介入があった

  • 参考文献:『世界マネーの内幕 ――国際政治経済学の冒険』(中尾茂夫著/筑摩書房)2022年3月出版